栗原恵の病気は脳血栓だった?引退決意し「解雇して」と申し出ていた

栗原恵

元バレーボール日本代表の栗原恵さんは、2019年6月に惜しまれながら引退をしました。
2003年ワールドカップでプリンセスメグと呼ばれ、国民的人気を博した栗原恵さんですが、現役時代に病にかかり、ひっそりと休養した時期がありました。

そんな知られざる栗原恵さんの病気についてまとめました!

栗原恵の病気は脳血栓だった?

栗原恵

病気が判明し休養に

『Sports Graphic Number web』(2017/11/15 )によると、2016年9月下旬に栗原恵さんの病気が判明しました

当時、栗原恵さんは日立リヴァーレに所属していました。
2015~2016シーズンで日立は準優勝だったため、2016~2017シーズンは悲願の優勝を狙った年でもあり、栗原恵さんは大きな怪我もなく、コンディションやパフォーマンスを万全に整え、シーズン開幕に向け練習に打ち込んでいました。

栗原恵

開幕まで残り1ヶ月と迫った9月の終わり頃に、栗原恵さんを今まで経験したことのないほどの頭痛や倦怠感が襲いました。
痛みがひどい時には、横になっても寝ることもままならなかったそうです。

栗原恵さんは痛みに耐える力が強かったことや、開幕への強い意気込みもあったことから、痛みを我慢して練習に参加し続けていました。
しかし栗原恵さんを側から見ていたトレーナーが心配し、病院に行くことになりました。

このまま開幕を迎えるまでに痛みも消えるだろう。そう思っていた矢先、体調不良を心配したトレーナーに付き添われ病院へ向かうことに。「2時間だけ抜けさせて下さい」と体育館を後にした栗原だが、直後に2週間の入院を余儀なくされ、再び体育館に戻ったのは3カ月が過ぎてからだった。

栗原恵

開幕に向けて全てをかけてきた栗原恵さんにとって、2週間の入院は青天の霹靂。

栗原恵さんは、チームやファンに心配をかけまいと病気については公にしていませんでした。
そのため、今まで栗原恵さんの病名が世にでることはありませんでしたが、脳血栓だったのではないかと言われています。

意味深なブログを更新

栗原恵
2016年9月28日の栗原恵さんのブログには、母親のツーショットと共に、以下の記事を更新。
 
「かけがえのない存在」とは
こういう事を言うんだなーと
改めて感じる今日この頃…ねずみねずみ
 
#かけがえのない存在
#改めて再確認
#母は偉大
#心から感謝#ありがとう♡
 
当時トレーニングや食事についてのブログ書いていた栗原恵さんですが、突然、普段とは雰囲気の異なるブログ記事をアップ。

栗原恵さんは病気について公にしていませんですが、ちょうど闘病していた時期に、母への感謝の思いを綴っていたように思われます。

栗原恵は病気で引退を決意していた?

栗原恵

「解雇してください」と申し出ていた

『Sports Graphic Number web』(2017/11/15 )によると、栗原恵さんは、2週間の入院・3ヶ月の休養を経て、筋力の衰えがハッキリとわかったそうです。
怪我ではなく病気であったため、リハビリなど体を動かすこともできませんでした。

チームに対して責任感が強かった栗原恵さんは、「解雇してください」と申し出ていたそうです。

「監督もチームの選手も、みんなが『出られる時のために準備してくれればいい』と言ってくれたんです。でも私はプロ契約なのに、試合どころか練習へも出られないのが申し訳なさ過ぎて、『解雇して下さい』って何度も言いに行きました」

栗原恵

バレーボールが好きな思いで復帰を決意

プロ契約であるにもかかわらず、試合や練習に出れない状態について罪悪感を感じ、引退を決意していた栗原恵さんですが、バレーボールが好きである気持ちや、必要としてくれるチームに恩返しをしようという気持ちから、復帰を決意しました。

「やっぱり私はバレ―ボールが好きだなって。もちろん好きだけじゃできないけれど、辞めようとか、辞めなきゃと思うシーンで、その時、その時にいつも支えてくれる人たちがいる。試合に出られないならここにいる意味はないから去ろうって思っても、引き留めてくれる。必要とされるってすごくありがたいことですよね。だから、今年はチームに恩返しをしようって思いました」

栗原恵さんは強い責任感から引退を考えましたが、それを上回るバレーボール愛、そしてチーム愛が強く、復帰をしたようですね。

栗原恵は病気・怪我ではない引退を理想としていた

栗原恵

『web Sportiva 栗原恵が語った引き際の美学。「体がベストな状態の時に、自分の意思で」(2019/07/07)』によると、ベストな体の状態で引退するのが理想であったと明かしています。

JTの吉原(知子)監督からも留意いただけて、現役を続けることもできたと思いますが、ベストな体の状態で引退するのが理想としていた引き際だったんです。

限界までやりきる選手に尊敬の意を持ちつつも、栗原恵さんが病気やケガに苦しむ時期が長かったことから、引退するときは病気や怪我を理由にするのではなく、自分の意思で引退したいと考えていたようです。

選手それぞれに美学があって、私にとってはそれが、『まだやれる』と思ってもらえる中で引退をすることでした。長くケガで苦しんできたからこそ、そういう考えが生まれたのかもしれませんね

惜しまれながら選手引退をしました栗原恵さんですが、現在は、バレーボールの解説やテレビ出演をし、第二の人生を歩まれています。

バレーボールで日本中を湧かせてくれたプリンセスメグの今後の活躍も応援しましょう!