遠藤龍之介(フジ社長)父の教育がすごかった!強烈な遠藤家エピソードまとめ

遠藤龍之介

フジテレビの社長に就任した遠藤龍之介さん
芸人顔負けのユーモア溢れるトークで、
注目を集めています。

そんな遠藤龍之介さんの父は、
芥川賞作家の遠藤周作さんです。

芥川賞受賞作家の遠藤周作さんは
変わった教育をしていたそうです。

その中でも
遠藤家にまつわる強烈エピソードをまとめました!

遠藤龍之介の父、遠藤周作ってだれ?

遠藤龍之介の父は遠藤周作

1955年に小説「白い人」芥川賞を受賞し、
戦後派の次の世代に当たる”第三の新人”の一人として
注目を集めました。

キリスト教を主題にした作品を多く執筆し、
代表作に「沈黙」「深い河」「侍」などがあります。

「沈黙」はハリウッドの名匠マーティン・スコセッシ監督によって
完全映画化をされ、
2017年に日本で映画が公開され、話題になりました。

遠藤龍之介の父、周作の強烈教育エピソード

子供の感想文にも厳しかった

遠藤龍之介が7歳の時、遠足の感想文に子供らしく
「お日さまがカンカン」「汗がダラダラ」
と、書いたそう。

遠藤周作は、怖い顔をして、その作文を読み、

「暑いことを表現するのに、そんなので伝わるはずがないじゃないか!
 日陰の涼しさを書かなきゃダメだろ!」

と作家目線でツッコミをされてしまいました。
それ以来、文章を書くことがトラウマになってしまったそう。

息子とのお絵描きで、子供を怖がらせて泣かせる

遠藤龍之介は父、周作と2人を留守番をしていた時に
「絵を描いてやる」
と赤と黒のクレヨンで絵を描き始めたそう。

遠藤周作の描いた絵は、家の2階の窓から顔を出した子供の絵。

その絵を描きながら、
「この子は、一人で留守番をしています。龍之介と一緒だな!」
と語り始めたそうです。

「この子の家が燃えてしまいました。
 この子が『お父さん、お母さん』と助けを求めても
 誰もきません」

と話し、遠藤龍之介は泣き出したそうです。

その泣き顔を見て、遠藤周作は満足した表情で書斎に戻ったそう。

遠藤龍之介の父、周作の破天荒エピソード

遠藤周作は手品にハマっていた

遠藤周作は好奇心が強く、一時は手品を習いに行っていました。
家に帰ると、その日習った手品を家族に見せたそうです。

しかし周作は、手先は器用ではなかったそうで、
袖からタネが見えていたそう。

遠藤龍之介は子供ながらに、
「どうしてそうなったの?」
と気を遣って、リアクションをしていたそうです。

遠藤周作は催眠術にもハマっていた

好奇心の強い遠藤周作は、手品に飽きると、
催眠術にハマりました。
こちらも習いに行って帰ってくると、
家族で試そうとしたそうです。

子供ながらに大人に気を使えた遠藤龍之介は、
催眠術にかかったふりをせざるを得ませんでした。

あるときは、椅子に寝かされ
「お前の体は鉄のように硬くなる」
催眠術をかけてきたそうです。

そして横たわる龍之介の上に、
周作は鉄アレイをドスンと落としたそうです。

催眠術にかかったふりをする龍之介は、
痛くても声を出せなかったそうです。

痛みが治らずに、病院に行ったところ、
「こんなとこ、何をなさったんですか?」
と医者に驚かれたそうです。

女性から龍之介宛の電話がくると、イタズラをしていた

昔は現代のように携帯はなく、
電話は家族で1台を共有するものでした。

遠藤龍之介が大学生時代、
困ったことに遠藤周作が
龍之介へかかってきた電話にでて
イタズラをしてしまうことがあったそう。

龍之介宛に女性から電話がかかってくると、
「息子がお世話になっています。
 〇〇さんは、この前息子と
 旅行に行かれたお嬢さんですよね?」

と、事実でないことを、
勝手に話してしまっていたそう。

また別の時は、あたかも遠藤龍之介と
話しているかのように
「居留守をしてくれ?俺は嫌だぞ?本当にいいのか?
 しょうがないな、、、お待たせしました。
 龍之介はいないようです」
と一人芝居して返答していたそうです。

遠藤龍之介の父、周作は劇団を主宰していた

遠藤周作は劇団樹座を主宰していました。

キャッチコピーは「やる者天国、見る者地獄」

劇団樹座は、一番音痴な人か、一番演技の下手な人
主役に抜擢されたそうです。

大変な人気を集め、入団希望者が殺到。
さらにはニューヨーク公演を行ったそうです。

しかし、何度か公演をするうちに、
劇団員の演技が上手になってしまったそう。

「もっと下手な人をスカウトしなくちゃいけない」
と遠藤周作は肩を落としていたそうです。

まとめ

  • 遠藤龍之介の父は芥川賞受賞作家の遠藤周作
  • 遠藤周作の教育は強烈だった
  • 遠藤周作は破天荒だった
  • 遠藤周作は劇団を主宰していた